ひみつの飴玉 平岸古本日記

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グスコーブドリ伝記

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まっつさんに読んで(演じて)頂いた
グスコーブドリ伝記の研究書はまだ読んでおりません。
以下は本当に耳から聞いての個人的な感想です。

長編だったので
三回に分けて(休憩を挟んだ)の朗読だったのですが
これは上手い具合の区分だったような感じです。

1区切りまで。
これは農村の風景。
当時の秋田の農村がモデルでしょう。
それが飢饉の時には一般的とも言える風景が物語に展開されます。
宮沢賢治が農村をめぐり目にしてきた光景を
そのまま描写している感じがします。
両親が居なくなるのも、妹のネリが居なくなるのも
あっさりと語られますがそのようなものなのだったのでしょう。

2区分目そこからは軽やかな展開になります。
私の印象では突然SFの世界に入り込んでいるかのようです。
そこの(個人的な偏見も混じるのですが)北大がモデルになっている感じ。
宮沢賢治は実際に北大の植物園に来ていますし
北大も見ているのでは?
しかし、あまり中は知らなかったような感じですね。
クーボー大博士はどうもクラーク博士とダブります。
実際会ってないから、想像だけの物語が作れると言えます。
ここからは完璧に男性のロマンの世界です。

3区分目は主人公グスコーブドリが農村・世界を飢饉から守るため
死を選ぶまでの話となるのですが
世界を浄土にするならば、
イーハトーブが本当の理想郷になるならば
男ならそうあるべきな行動だと宮澤は思っているのが
そのまま物語に出ています。
ちょっと気になったのが
ネリの存在です。
イーハトーブが浄土の世界なので
(浄土真宗には天国があるのですが
 日蓮宗の考えはこの世が浄土なのです)
「ネリが生きている」のです。
一度はもう会えないと思って別れたネリ。
それはやはり死後旅先のサハリンで会えなかった
妹トシがもし生きていたならばこうであっただろうという理想です。

浄土真宗からの決別がこの物語にはあるような気がいたします。
イーハトーブはこの世にたくさん作られて
人々を幸せにするところ。

宮澤のグスコーブドリで出した
SFチックな結論は
(なんせ地球温暖化させようとする過激な方法)
あまり良くは感じないのですが
イーハトーブが実際にあるかのような展開が
とても面白く感じました。

賢治に言いたいのは
イーハトーブをがんばって作ろうとする人が
この世にたくさんいるようになりましたよ。
そう、伝えたい気がするのです。

ヨミガタリを聞いて
私は太宰治の「走れメロス」を読みたくなりました。
ヨミガタリでリクエストしたいのはアンデルセン。
この時期は「雪の女王」とか聞きたいですね。

グスコーブドリも掘り下げて
調べてみたいと思ってます。
道立図書館に通うのが始まるかも・・・でも、忙しすぎなので
しばらく無理だなあ。
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by kanazuuu | 2007-11-25 22:54 |