ひみつの飴玉 平岸古本日記

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いつか。

あまり更新できない日々が続いております。
仕事も上手くいってませんし
生活も上手くいってないからでしょう。

一番は
毎週ネコを病院に連れていっていることかしら?
15歳ともう高齢なので
病院に連れていっても
それはゆるやかな末期をむかえさせるための
対処療法を続けているに過ぎません。
毎週毎週なにかかしら
出てくる病。
もう、劇的に治るということはなく
「痛みの緩和」「臭さを放っているので対処」
「悪化をゆるやかにさせるための治療」

現在は
自分で立って歩き
食べることが出来て
排泄も自分で出来
意識も明確である
これらの判断材料がそろっているので
「まだ生きさせよう」と
獣医の方と同意して
治療を受けています。

もし、画像をここに載せれば
「虐待」に見えるかもしれません。
しかし治療をしなければ
さらに虐待になるでしょう。

どんなに高度な治療を施したとしても
もっと最低ラインの治療にしても
どちらを選んでも「後悔」は必ずします。
末期の治療はその子のことを思って
飼い主が一つ一つ判断しいていくのですが
「正解はない」ので
私や獣医さんの方針を書き連ねても
批判が出てくることも明らかです。

ネコの話を書いてますが
終末期医療のあり方の話なので
この話を「人」に置き換えると
さらに話は考えさせられるものになります。

ある人はあまりにも辛いなら
病院に入院させればいいのよと言ったそうです。
本当にそうでしょうか?

人にしてもネコにしても
「家」が一番好きな場所です。
なるべく家で末期を迎えさせてあげればと思いますが
あるタイミングで「安楽死」を選ぶ必要もあるかもしれません。
その判断は私がします。

毎週毎週「安楽死」について考えさせられます。
「劇的に痛みがある」
「自立して食べることが出来なくなった」
これらを判断材料として
私は判断することでしょう。

小さな体で
「生きることも 死ぬことも辛いことだ」
そう教えられる日々です。

15年の関係に
安楽死のタイミングを計っている私がいます。

まだ「楽しい」「心地よい」の時間があり
「生きよう(食べよう)」としている。
まだ、苦しく悩む時間は続きます。
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by kanazuuu | 2009-02-15 11:35 | 一人ごと